札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)374号 判決 1969年4月30日
原告 山田外喜
<ほか一名>
右原告両名訴訟代理人弁護士 入江五郎
被告 朝日交通株式会社
右代表者代表取締役 内山明義
右被告訴訟代理人弁護士 石坂健一
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告
「(一) 被告は原告山田に対し金三三四万二〇八円およびこれに対する昭和四四年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を、原告今井に対し金一九五万円およびこれに対する右同日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、原告らの請求原因
一、事故の発生
(一) 猪熊和明は昭和四二年三月一〇日午後一時三〇分ころ営業用小型乗用車(以下「本件乗用車」という。)に原告今井を助手席、原告山田を後部座席左側、成田清一をその右側に乗車させて運転し札幌市南大通(一方通行路線)の道路右側を東から西に向って進行していたが、同大通西三丁目の交差点にさしかかった際、同交差点を南から北に進行してきた山福製パン株式会社所有の小型トラックの前部に自車前部を衝突されてその場で一回転し停止した。
(二) その結果、本件乗用車に同乗していた原告山田は一年一〇ヵ月間の加療を要し、かつ労災法八級にあたる後遺症を残す頭部外傷・頸椎損傷(捻挫)の傷害を、同じく原告今井は一年間の加療を要し、かつ首が後に廻らない後遺症を残す鞭打ち症、左肩関節挫傷、左方八、九肋骨骨折の傷害を負った。
(以下、これを「本件事故」という。)
二、責任原因
被告は、陸上旅客の運送を業とする会社であるが、前記猪熊を雇用し本件乗用車の運転業務に従事させて、これを自己の運行の用に供していたものである。
三、損害 ≪省略≫
第三、請求原因に対する被告の答弁および抗弁
一、答弁
請求原因一(一)の事実は認める。同一(二)のうち、原告らが負傷した点は認めるが、負傷の損度の点は争う。同二の事実は認める。同三の事実はいずれも知らない。
二、抗弁
(一) 被告および猪熊和明は本件乗用車の運行に関し無過失であった。すなわち
(1) 猪熊和明は、本件事故当時札幌市南大通を東から西に向って本件乗用車を運転して進行していたが、同大通西三丁目交差点にさしかかった際、同方向用の信号機が赤色を表示していたので、右交差点の手前で停止し信号が変るまでの待時間を利用して運転日報を記入していたところ、乗客の一人に信号が青色になった旨注意されて信号を見、それが青色であるのを確認したうえで発進したところ、右交差点に南から北に向って赤信号を無視して進入してきた遠藤隆男の運転する山福製パン株式会社所有の小型トラックに衝突されたものである。ところで、信号機の設置されている交差点において自動車を運転する者は、信号に従って進行すれば足り、その際とくに交差点内に認められる障害物に対して危険防止の措置をとるべき注意義務があることは格別、それ以上にあえて信号を無視して高速度で交差点に進入して来る車輛等を予測して運行すべき注意義務までは存しないものというべきである。というのは、このような場合にまで右のような注意義務が存するとすれば、運転者は信号機の設置してある交差点においても常に徐行を要求されることとなり、その結果として通常信号機が交通量の多い場所に設置されることに鑑みれば車輛の流れは停滞・混乱して交通麻痺を来たし、信号機は無意味な存在に化するからである。したがって、青信号に従って運行した猪熊和明は右運行につき無過失であったものである。
(2) 被告は、営業上種々の法的規制をうけ、かつ、所轄官庁から厳重な監督をうけている関係上、その保有する車輛の運行・整備につき法の定めるところに従い、運行管理者、整備管理者を選任し、右管理者の下に運行管理・教育に万全を期していたものであって、被告は本件乗用車の運行に関し無過失であった。
(二) 本件事故は、その当時山福製パン株式会社所有の小型トラックを運転していた遠藤隆男の過失に基くものである。すなわち、右遠藤は右トラックを運転して本件事故現場にさしかかった際、右現場の交差点における信号が赤を表示しているのに、これを無視して相当高速度を維持したまま同交差点に突入したため、本件乗用車と衝突し、本件事故を惹起したものである。
(三) 被告所有の本件乗用車には、構造上の欠陥、ないし機能上の障害は存しなかったものである。
第四、抗弁に対する原告らの答弁
抗弁(一)ないし(三)の各事実はいずれも否認する。
第五、証拠関係 ≪省略≫
理由
一、本件事故の発生および被告の責任原因
本件事故の発生に関する請求原因一の事実および被告の責任原因に関する同二の事実は、いずれも当事者間に争がない。
二、自賠法三条但書に基く免責の抗弁の成否
そこで、まず、被告の自賠法三条但書に基く抗弁について判断する。
(一) ≪証拠省略≫ならびに前記一の争のない事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、
被告会社の運転手猪熊和明は本件事故当時原告らを同乗させたうえ本件乗用車を運転して札幌市南大通を東から西に向って進行し、信号機により交通整理が行われている同大通西三丁目交差点にさしかかった際、対面信号が赤を示していたので、同交差点手前の同道路左端で停止し、信号の待時間を利用して運転日報を記入していたところ、乗客の一人に信号が変った旨注意され、信号が青になったことを確認して、発進し、前方を注視しながら制限速度内で交差点の中心附近まで進行したとき、南から北に向け同交差点に進入してきた遠藤隆男の運転する山福製パン株式会社所有の小型トラックに、その右側面に衝突され、その結果、本件事故が発生した。右遠藤は、同交差点の手前で進行右側歩道から車道上に出て自車前方を横切る気配のあった歩行者に気をとられて同交差点の信号機の表示に注意を払わないまま時速約二〇キロメートルの速度で進行し、同交差点の直前にいたってはじめて信号機が黄であることに気づき、間もなく信号機が赤になるのと同時位にあわてて急制動の措置をとったが間に合わず、自車を同交差点内に進出させるにいたったものである。
≪証拠判断省略≫
ところで、信号機により交通整理が行われている交差点においては、車輛運転者はその表示に従うべきであるから、青信号によって交差点に進入しようとする自動車運転者としては、左右の道路から交差点に入って来る車輛等が黄ないし赤信号に従って交差点手前で一時停止するであろうことを信頼し、特別の事情(例えば緊急自動車の通過など)のない限り制限速度内で前方を注視しながら進行すれば足りるのであって、あえて信号に違反して交差点に進入してくる車輛がありうることまでを予想して左右を注視し又は徐行しながら進行すべき注意義務はないものと解すべきである。したがって、本件において猪熊が青信号に従って前方を注視しながら制限速度内で前記交差点に進入した点に過失はなかったものと云うべきである。
(二) そして、以上の事実関係の下では、本件事故がもっぱら前記遠藤の前記のような信号不確認という過失によって発生したものというべきである。
(三) ≪証拠省略≫を総合すれば、被告は運転手の採用にあたり免許のほか、事故の有無、前歴の照会、家庭の調査をしたうえで採否を決定し、新規採用者等についてはとくに四ヶ月間ハイヤー協会で教育をし、また毎朝法定速度の遵守、交通規制箇所の教示、その他法規遵守について訓示をしていること、被告がその営業用自動車につき一年毎に車検をうけ、一ヶ月毎に定期点検を行い、さらに運転開始の都度に仕業点検をしており、本件乗用車についてもこれらを尽していたが異状がなかったことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。してみると被告には本件乗用車の運行につき過失はなく、また、本件乗用車には構造上の欠陥ないし機能上の障害は存しなかったものと云うことができる。
したがって、被告の免責の抗弁は理由がある。
三、結論
よって、原告らの請求はいずれも爾余の点につき判断するまでもなく、失当であるから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 小林充 加藤和夫)